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about linen リネンのはなし、あれこれ、よもやま話。

第18話 リネンの歴史


古代文明

繊維をとるための植物のうち、リネンは、最も古い時代から栽培されていました。エジプトでは紀元前8世紀のものとされる亜麻織物の化石が見つかっています。
古代文明の舞台となった地域では、それぞれ固有の繊維が使われていました。エジプトやメソポタミアでは亜麻、インダス、アステカでは綿、黄河では絹と苧麻です。 亜麻は、北の地方へとだんだん伝わっていきます。


ギリシャから中世

紀元前2世紀前後、海上貿易を行う商業民族であったフェニキア人が、亜麻織物をエジプトからアイルランドやイングランドに輸出していました。
ローマ時代には、支配階級のローマ人の間で、日常的にリネンが使われ始めます。12世紀ごろになると中部ヨーロッパでは亜麻織物が商品として流通されるようになり、15世紀のルネサンス時代になると、一気に庶民の暮らしの中にも浸透するようになりました。
その後、16世紀後半に起こった宗教戦争の結果、現在のオランダ、ベルギー地方から逃れた多数のリネン機織職人が、アイルランドやイングランドで亜麻織物を始めます。また、この頃には、ロシアやポーランドでもリネン産業がスタートしました。

イギリス

18世紀、世界の海上を制していたイギリスは、インド産綿織物の輸入を開始しました。綿はそれまで使用されていたリネンに代わるものとして、上流階級で人気となっていきました。しかし、製品としての綿織物の輸入は禁止され、原料の綿の輸入のみ許されました。そのため、加工技術が発達し、蒸気機関の発明など産業革命の波に乗ってイギリスにおける木綿工業は、飛躍的に発展することになります。

フランス

一方フランスでは、この時期に革命を経たことにより、都市化、工業化が遅れ、木綿工業はイギリスほどには発展しませんでした。
それでも、従来の伝統的亜麻織物は綿織物にシェアーを奪われていきました。その結果、亜麻織物工業にも新しい技術の導入が必要とされていきました。今も残る有力な亜麻織物の会社は、多くがこの19世紀の中頃に設立されています。

ベルギー

西ヨーロッパのフランス、オランダ、ベルギー一帯は最も上質なフラックスを生産する地域と言われています。この地域におけるフラックス栽培は紀元前5世紀頃から始まっています。ベルギー西南部のフランダース地方において、亜麻織物が産業として確立するのは13世紀ごろです。当時すでに、イタリアや英国向けにリネンが輸出されていました。
アメリカ新大陸にも、アントワープにあるスペイン、ポルトガルの商館から多くのリネンが輸出されました。長い間一貫して、フランダースはリネン産業の中心であり続けています。
1960年代以降、この地方では小規模な工場のほとんどが姿を消し、現在では技術力と資本力のある会社だけが残っています。そうした会社による、顧客の細かいニーズに対応した付加価値の高い商品作りにシフトすることで、ベルギーのリネン輸出は以前に比べ増加しています。

日本

日本で古くから使われていた麻は、ほとんどがヘンプ(大麻)から出来ており、リネン、いわゆる亜麻は明治以降に輸入されたものです。
麻について

明治初期に北海道開拓の一環として、亜麻栽培が始まり、その後軍需資材としての性格が強い亜麻製品の需要が増大、昭和初期には日本における亜麻織物の生産量はかなりのものだったようですが、衣服などに使用される亜麻織物は嗜好品で少量でした。北海道での亜麻栽培の他、満州でも亜麻の栽培、織物が行われていました。
この頃、化学繊維織物の輸出量が急増し、この後急激に国内の亜麻織物工業は衰退していったようです。資料によれば、昭和42年に北海道の亜麻栽培は終了しています。
ちなみに、明治時代に日本に亜麻織物の技術を伝えたのはベルギー人でした。



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